ウィザードのまじかるジャンピンにみる格差社会

ウィザードのまじかるジャンピンを指さし、あれに乗りたい、と少年の口が動いた。花柄のタンクトップに、7分のジーンズを穿き、日傘をさした母親は肯定の意をこめてにっこりとほほえみ、木陰の椅子に座って他の母親たちと話し始めた。少年の手首には真っ赤な一日乗り放題のパスポートが巻かれている。

夏休みの遊園地はプールにくる親子連れとプールとアトラクションの両方を楽しむ体力ある高校生で溢れていた。溢れるといってもそれほど人が多いわけではない。子供用のアトラクションであるウィザードのまじかるジャンピンの前では係員が退屈そうな顔をして立っていたが、それは他のアトラクションでも珍しくない光景であった。引きこもりと深夜徘徊の繰り返しが生活パターンになっている者からしてみれば、「見ろ!人がゴミのようだ!」と言いたくなる程度である。

昼すぎ最初の搭乗者である少年に、係員は笑顔で応対した。少年もとびっきりの笑顔で応えた。少年は身なりもよく、子供らしい愛らしさだけでなくきちんとしたしつけを受けている様子が見て取れた。彼を仮にのび太としよう。初めは少し緊張気味だったのび太も、二回、三回と繰り返し乗るにつれて、母親に手を振る余裕まででてきた。そこへ、おそらくまだ若く(二十歳前後)、それでいて生活臭がありありとにじみでている子連れの母親がやってきた。髪はまばらに染められ、白の半袖シャツにブーツカットジーンズが少しぽっちゃりとした体を際だたせていた。彼女の息子は可愛らしくしたジャイアンそのものだった。ジャイアンは、のび太が楽しそうに乗っているまじかるジャンピンを指さし、母親の袖をひっぱった。母親はアトラクションの横に設置されているチケット販売機で、一回分のチケットを購入した。いよいよ搭乗というときに、怖じ気づいたのか、ジャイアンは座る場所をなかなか決めることができなかった。まじかるジャンピンが空に向かって動き出したとき、ジャイアンは目をぎゅっと閉じ、安全バーをしっかり握っていた。そしてまじかるジャンピンが落ちる度に、「キャー!」とか「ひゃー!」という体型に似合わない可愛らしい声を発するのである。私は段々ジャイアンが愛しくなってきた。また、のび太を意識してぎこちなく手を振り、自分は平気だということを母親にアピールするのだが、その手と表情は見ている者の不安を誘う以外の何ものでもない。

二度、三度と母親にチケットを買ってもらい、四度目に彼女の首が横に振られたとき、ジャイアンはあることに気がついた。のび太の手首に巻かれている赤いブレスレッドがあれば、何回でも乗ることができる!ジャイアンは母親にブレスレッドをねだった。母親は悲しそうな目をした。ジャイアンは何かを察したのか、抗議の声をあげることなく母親に手を引かれてその場を去った。

その後ものび太は、まじかるジャンピンにとびっきりの笑顔で乗り続けましたとさ。めでたしめでたし。