キュウリの使い方〜ローカル療法〜

人里離れた山奥に、小さな喫茶店がぽつんとひとつたっている。たいして車が止まっているわけでもないのに、何年たっても潰れる様子がない。不思議に思った親子は、一度訪れてみることにした。カラン、という音のあとに期待される「いらっしゃいませ」という挨拶はなく、ただ老婆がこちらをじいっと、半ば睨むようにして座っていた。睨みあった後の第一声、「ご飯?」「え、えぇ…」「ごめんねーご飯あと3人分しかないの。帰ってもらえる?」
親子は困惑した。こちらは2人組である。もしや、老婆と、奥の厨房で働いているらしき彼女の夫の分まで勘定にいれているのであろうか。「あのう、私たち小食なので、ご飯は少なくてもよいのですが…」奥で激しく口論する声が聞こえる。周囲に飲食店はない。交渉の末なんとか席につき、母親はミックスフライ定食、娘はハンバーグ定食を注文した。まず母親の分が届き、次に娘の。ハンバーグの鉄板を持ってくる老婆の手こそ危なっかしい以外のなにものでもなかったが、「危ないからね、やけどするからね、気をつけてね」と念入りに忠告をしてくる。嫌な予感がした。案の定、渡す間際になって老婆は手をすべらせ、鉄板が娘にあたった。
「大丈夫?」次の瞬間、老婆は母親のミックスフライ定食のサラダに手を伸ばし、斜めぎりにされたきゅうりをひょいとつまみあげた。

「きゅうり、いる?」老婆はもう一度言った。「きゅうり、いる?」
娘「あ、だ・大丈夫です…」
老婆はホッと安心したように去っていった。娘も安心した。数分後戻ってきた老婆の手に、角切りのきゅうりがしっかと握られていたことは、まだ知る由もない。