余りものには福きたる

あれはちょうど今頃の季節だった。蒸し暑く、じめじめするくせに、やたらのどが渇くような日が続く。当時保育園児だった少女は、毎日重い1ℓの水筒を持って通っていた。しかし、それはすぐに軽くなった。他の子が少女の水筒のお茶をあてにやってくるからである。
「お茶ちょーだい」
「いいよ」
「お茶欲しかったりするんだけど」
「どうぞ」
「今日水筒忘れてきちゃって…お茶くれるよね!」
「う、うん…」
小公女に憧れていた少女は「お前、いつも持ってきてねえだろ」などと言えるはずもなく、泣く泣く皆に分け与えた。かくしてお茶残量はみるみるうちに減っていき、瓶をさかさまにしても数滴垂れるのみとなった。ここで幼き少女は名案を思いついた。キャップをとれば、キャップと瓶の間にある水分がまだ残っているに違いない!それに、瓶の中には振っただけでは動かない(音をたてない)大きい氷があるかもしれないじゃないか。期待を胸にふくらませ、覗いた先には…たしかにあった。
巨大なナメクジが。少女は焦った。いけない。これでは皆にナメクジ汁を飲ませたことになる。不幸中の幸いは、少女が一滴もお茶を飲んでいなかったことだ。焦りと同時に、猛烈に笑いがこみ上げてきた。その日初めて、1ℓの水筒を持っていってよかった、と思った。